- Yusuke Fujisawa ( Professional Connector)
ライフネット生命保険株式会社創業者 出口治明さんとの対話

--本日は貴重なお時間をありがとうございます。それでは早速ですが質問させて頂ければと思います。
出口さん どうぞ。なんでも質問してください。
--出口さんは人生の中で大切にされていることはありますでしょうか?
出口さん それは「正直」であることですね。
--どうして正直であることが大切に思えたのでしょうか。その原体験はおありでしょうか?
出口さん 原体験は簡単で、29歳の時に初めて東京に来た。それまでずっと関西だった。最初の晩に会社の先輩が、「お前、銀座に行ったことないやろ。今日は歓迎祝いで連れ行ってやる。」と。みんなで5人くらいで、銀座の小さなスナックで歓迎会をしてくれた。そしたら、綺麗なお姉さんがビールを注いでくれた。先輩たちがよく通っていたスナックだったんでしょうね。そのお姉さんが「お見かけしたことありませんね」と声をかけてくれたんです。そしたら先輩が「こいつは大阪の田舎から来たんや。」と。「お若いですね。おいくつですか?」と聞かれ29歳と言えばよかったのに、「27歳です。」と答えてしまった。見栄を張って。そしたら「干支は何でしたっけ?」と聞かれて瞬時に詰まってしまった。
--出口さんが答えに詰まることが想像できないですね(笑)
出口さん この体験から見栄を張って嘘をついたら、いかに後が大変かということを身をもって知ったんです(笑)。それからはいつでも「正直」でいようと、「本当のことだけ」言おうと。その方が、世間も渡りやすいですよね。人によって言うことを変えたら、覚えておかないといかんでしょう。Aさんにはこれ。Bさんにはこれというように。面倒くさいし、人によって言い方を変える人って、職場でも信頼できませんよね。
ちなみに去年の2月頃に発表されたエルデマンのレポートを読めば、北米やヨーロッパの指導者にどういう要素を重視しますかというアンケート調査で5〜6割が正直であることと答えていて、ぶっちぎってトップです。いろんな要素があるんですけれど、正直であることがトップ。一方日本では確か5位なんです。20数%しかない。そうすると、東芝事件とかあり得るんだなとわかりますね。
--粉飾決算のようなことが起きてしまうと。正直ではないことで、大きな壁にぶつかってしまうと。人間関係もそうでしょうか。
出口さん 表面を取り繕ろうようになってしまうと、まず楽しくない。人間として、社会人として正直な方が大事やろと。その方が楽やでと。
--なるほど。確かにおっしゃる通りだと思います。正直であることはとても大切ですね。出口さんが人と出会って楽しいと思う瞬間ってなんでしょうか。
出口さん それは簡単で、面白いことです。僕は人・本・旅って言っていますが、「人に会う」「本を読む」「いろんな現場に行く」。人も本も一緒で、おもしろい本だったり、おもしろい人に会った方が楽しいに決まっているので(笑)。一緒にいて楽しい、おもろい以外の条件は無いですね。
--僕も出口さんの本を読ませて頂いたんですけれど、出口さんが読まれてきた本の中で最もインパクトのあった本は何でしょうか?
出口さん そんなものがあると思ってる方が間違っていると思いませんか。あなたは中学・高校で運動部やってましたか??
--蹴球部、サッカー部でした。
出口さん 新入生が入ってくるでしょう。それで、その時にこいつはセンスが良いし、脚力もすごいから、正選手(レギュラー)になるなと、一方でこいつは練習しても微妙やなとか分かりますよね(笑)。
--練習していると確かにわかりますね(笑)。
出口さん じゃあサッカーを6年間やっていて、例えばあるコーチの一言で急に上手くなった経験ってあります?
毎日辛い練習をやっている中でちょっとずつ技量が上がっていくのが普通じゃないですか。もちろんセンスもありますが。
--基本は一歩ずつだと思います。そう思います。
出口さん ということが分かっていれば、人生においても同じでこの一冊を読んで目から鱗が落ちたという本はそんなにないんですよ。それはできの悪いビジネス誌が、話を面白くするためにこういう劇的な出会いがあったとか、大きな影響を受けた本があるとかおもしろおかしくするためにフレームアップしているだけだと思うんですよ。
--こういうお話が聞きたかったです(笑)。
出口さん ほとんどの話が、一歩ずつということであれば、本をたくさん読んでいくうちに、あるいはたくさんの人に会っていくうちに、その人の意見とか考えとかが出来てくるので、劇的に変わったとかいう話は大体後から創った物語ですよね。
--ストーリーを作って脚色しているということですね。
出口さん そう。例えば、パウロという人間がいた。キリスト教徒を弾圧していた。エルサレムからダマスカスに馬を走らせている時に、光が天を覆い馬から落ちて目が見えなくなってしまった。パウロが焦っているとイエスの声が聞こえてきて、「パウロ、なぜ私の可愛い弟子をお前は迫害しているのか。」そこでパウロは改心して、熱心なキリスト教徒になったと。こんな劇的な変化って普通はありえませんよね(笑)。普通の変化というのは中学や高校での運動部と一緒であると。
--まさに一歩ずつという積み重ねでしか変化はないということですね(笑)。
出口さん 人間にとって劇的な転機とか、何かすごいことがあったからその人は変わるとか、その考え方自体が間違っている。それは出来の悪いビジネス書を読みすぎであると。
--まさにその通りだと思います。最近、出口さんが人と会って「おっ」て思う興味深いテーマや発見はありますか?
出口さん 山ほどあるので。毎日いろんな発見をしているので何を話そうかと思うんですが(笑)。最近聞いた一番面白い話は、外国の企業のトップと議論していると、ほとんどがSDGsの話をすると。
—SDGsとは何でしょうか?
出口さん 外国のリーダーたちは誰もがSDGsの話をしているけれど、日本の企業のトップは今期はどれぐらい売り上げたかなど小さい話しかしない。日本の経営者に話してみると1割の人は知ってるけど、それ以外の経営者は「それ何?教えてください。」と。このすさまじい情報格差が最近面白かった話の一つですね。
--情報格差ですか。
出口さん グローバルな経営者はSDGsこそ、これからの経営の核だと思っているのに、日本の経営者はSDGsのことをそもそも知らない。または知っていても興味がない。恐ろしいという意味で面白い。SDGsはSustainable Development Goalsの略で、国連が2030年までにこんなことをしなければいけないと定めた17項目の目標です。例えば、みんなに綺麗な水を飲んで欲しいと。そういう目標があると。でも2030年のゴールを考えたら、今から13年もあるんだからグローバルな経営者は、ここにビジネスチャンスがあると考えている。世界中の市民に、綺麗な水を飲ませようと思ったらどうやればいい?
--えっと、資源を探すか資源を生み出すかでしょうか。
出口さん 資源を生み出すというと、水道を引くということ?
--水道を引くこともそうだと思います。
出口さん あるいは海の水を淡水化するということ?
--はい。それか発掘するか。
出口さん 井戸を掘るということ?
--そうですね。ゼロから生み出すか、今あるものを変えるか。
出口さん えらい頭が硬いよね(笑)。もし水道を引くとか井戸を掘ろうとすると、コストがかかるし、環境への負荷もバカ高いじゃない。井戸掘ったら地盤沈下するかもしれないし。
--そうですね、リスクがあります。
出口さん 今、世界中のリーダーたちが考えているのは、ペットボトルです。
--ペットボトルですか。
出口さん ペットボトルに池の水を汲む。そしてふたをする。ふたに浄水機能をつけておいたら、そのまま飲める。その方がはるかに効率が良いし、そこにある水がすぐに飲めるわけだから。綺麗な水はないけれど、汚い水はあるわけだから。
--確か、細菌とかバクテリアとかをフィルターを通して綺麗に水が飲めるプロダクトですよね。
出口さん そうそう。例えば、そういうことをビジネスに変えたらものすごい商売の可能性があると。SDGsという世界が進もうとしている大きい流れがあり、その流れの中で社会にいかに貢献するかを世界のCEOのほとんどが考えているのに、日本の経営者と話していたら誰1人としてSDGsの話が出てこない(笑)。
--すごくこの話は興味深いです。僕もこの仕事をやろうと思ったきっかけは、日本国民全員が、社会への貢献や、人類の幸福、それぞれの夢の実現へ立ち向かって欲しいので、そのきっかけになれたらと思いこうして著名な方に対話をして発信しようと始めたんです。
出口さん SDGsの話は、きっとみんなが無知だからだよ。
--無知ですか。
出口さん 知らないから。知らないことに対しては誰もワクワクしないから。SDGsのようにこういう野心的でワクワクするようなことを、世界のトップは考えているんだということがわかれば、みんな自分も考えてみようとなるよね。知らなかったらそんな誰も考えないよね。だから知識は力であると。
--本当にその通りだと思います。僕もそうですし、若手のビジネスマンとよく接する機会が多い中で、世界と比べて社会貢献とか人類の幸福への熱量が低いのかなと感覚的に感じています。僕はそれは日本の環境かなと考えているんですが、これは何が要因なんでしょうか。
出口さん 環境って何でしょうか。
--一つは教育環境だと思います。
出口さん 教育よりも、僕は社会そのものだと思っていて、社会にロールモデルがないことが問題だと思っている。
--ロールモデルですか?
出口さん そう。人間ってそれほど賢い動物ではないので、みんなが勉強したら勉強するんだよ。僕の友人で比較的ナマケモノの医者がいた。ハーバードのマスターコースに行ったら、周りのみんなからお前はナマケモノやと言われたと。
--なんででしょうか。ハーバードに行かれているんですよね。
出口さん それはみんなダブルマスターを二つ三つ取っているのに、お前はハーバードだけやないかと(笑)。それで、みんなにバカにされたのでボストン中の大学院を慌てて調べて、今から入学できるところないかなと。完全に出遅れていたので唯一残っているのが、あろうことか音楽の指揮者のコースだった。バカにされたくないので、そこに入った(笑)。
--音楽の大学院に入ったんですか。まさに周りの影響を受けてですか。すごいことですね(笑)。
出口さん そう(笑)。でも人間ってその程度で周りの影響を受けやすいと。周りの影響受けないと人間は何もしない。例えば日本人って英語下手やんか。
--はい。
出口さん なんでだと思う。皆なんて言ってると思う。英語教育が悪いって言ってるわけだよね。中学、高校の先生TOEFL何点取ってんねんとか。発音もひどいねとか。そんなことは枝葉末節でどうでもいいことだよね。まったく本質的ではない。
僕は英語を1年で、上手くさせる方法を知ってる。めちゃ簡単に言えば、経団連の会長と全銀協の会長が共同記者会見して、日本人の英語力がひどいので、来年からTOEFL100点以上取らなければ、経団連参加企業や全銀協の参加銀行は就職面談しませんよと言えばそれで終わりだよね。そういう仕掛けを大人が作ることができないで、若者の意欲が低いとか英語力低いとか、中学校の先生のせいにしたりして、そんなんアホかという話だよね。
--こういう本質的な話を伺えて、とても嬉しいです。日本の経営者の中でも上辺だけいう人もいらっしゃると思っていて、このようなお話を伺えてとても貴重だと感じています。それこそ、いろいろな経営者はそれぞれ考え方も価値観も違うと思いますので。
出口さん 僕は大体人間はもともとアホな動物だと思っている。賢い人なんていやへんで。しかも人間の脳みそは1万年以上も進化していないので。タテヨコ比較と数字ファクトロジックやでといつも言っている。昔の人が何を考えていたか、世界の人はどう考えているかと。あとは数字とファクト。ストーリーだけのエピソードでやってもあかんねんと。
エビデンスが大事でデータで示さなあかんと。そこに数字ファクトロジックが出てくるわけで、例えばなぜ大学に進学するのかと聞いてみると、大抵は良い大学に行った方が就職率が高いという数字ファクトやある種の思い込みがあるわけだよね。だから大学に行くために勉強する。さっきの英語も一緒で、就職する時にTOEFL100点以上取らないとあかんってなれば、みんな必死に勉強するでしょう(笑)。
--まさに社会のロールモデルがそうなれば、みんな必死に勉強しますね(笑)。
出口さん 一言で言えばシンプルに世界が変わると。
--まさに世界が変わりますね。それこそ、easy goingを出口さんの考えの基として考えらている背景は何でしょうか。
出口さん それはタテヨコ数字ファクトで見れば、人間誰しもeasy goingであることがわかるから。
--数字ファクトもあると思いますが、例えば人の影響を受けたりとか、それこそご縁だなと感じた出来事はありますでしょうか。
出口さん 最近の、僕にとってはライフネット生命を起業するもとになった谷家さんとの出会いがご縁でしょうね。
--なるほど、谷家さんですね。出口さんはどういう人とお会いするとご縁だと感じられるのでしょうか。
出口さん そんなものは愚問であることがすぐにわかるよね。例えば、あなたが合コンに行って女性と連絡先を交換したいなと思う時って、何か分析してると思う?あなたはどうやって判断するの?
--直感だと思います。
出口さん 同じやんか(笑)。そうでしょう。僕も谷家さんと会った時に直感でいい人だなと思ったんですよ。
--直感ってどうやって鍛えたら良いのでしょうか?
出口さん それは、僕のtwiiterをフォローしたらわかるんだけれど、池谷先生の対談の中で語っているんだけど「人本旅」と言っていて、「たくさんの人に会う」「たくさん本を読む」「いろいろな所に行く」ということだよね。赤ちゃんは何も経験してないので直感があまり働かないことからわかるように、人は経験を積み重ねていくしかない。
--出口さんはどんな直感を大切にしているのでしょうか。
出口さん 男性も女性も変わりませんが、それは一緒にいて楽しいかどうかですね。どんなに優秀な人でも同じ時間を過ごして楽しくなければ一緒にいたくないし。それは職場でもそうでしょう。だから正直であることが大切ですね。
--直感を働かせるためにも、正直であることが大事ということですね。
出口さん はい。他に質問はありますか?
--これから僕自身、まだまだ勉強しなければいけないと思うのですが、是非質問させてください。僕は脳への探究心が目覚めて、いろんな脳に関する文献を読んできましたが、すると色々な発見があって面白かったんです。これから人間は、脳の研究をもっとやって一般化すべきなんじゃないかなと思っているのですが、出口さんは人間の脳についてどうお考えでしょうか。
出口さん 100%アグリーです。
--人間はまだ脳の10%ぐらいしか活用できていないですし。
出口さん 厳密に言うと脳の活動の中で意識できるのが10%ぐらいで、脳はいつもフル回転している。だから体重の2〜3%しかないのにエネルギーの20%以上を使っています。
--だから僕は未知の領域であると思っているんです。
出口さん そうそう。
--そこを紐解けば、本当に新しい発見があると思っています。
出口さん 全くその通りで、池谷先生とのお話はこんなに脳が面白いのに、比較すれば全然つまらないAIのことをなんで皆勉強しているんのかな?ははは。というのが池谷×出口対談のエッセンスです(笑)。
--脳の勉強をしていると面白いのが脳の誤作動という分野で、アレルギーや自己免疫疾患はその類ですよね。極端な例を挙げると、ストレス負荷が掛かりすぎている環境で食事をすると、脳が誤作動を起こして栄養がきちんと吸収されないこともわかっています。
出口さん そうそう。すべては脳から来ているんだよね。そういう状況でご飯を食べるとそのまま体から出ちゃうんだよね。だからeasy goingの考え方が大事なんだよ。それに何事も楽しいと思えるかどうかで乗り越えることができる。
--本当に脳は未知の領域ですよね。
出口さん 宇宙のわからない構成の部分をダークマターやダークエネルギーと呼んでいることと同じだよね。でも、人間はすべて脳によってコントロールされているので。例えば体の不調とか病気のわからない部分をすべて脳のせいにするんだよね。結局、人間は脳の使い方をまだよく知らないんだよ。脳の使い方をもうちょっと知ったら人間はもっといろんなことができるのではないかと。
--僕なりの脳の解釈は、脳こそ宇宙だと思っています。
出口さん そう、宇宙と脳は同じなんだよ。東大の吉田先生の本を読んだら、どんなに正確に理論通りにスーパーコンピューターで計算しても今の宇宙の姿にはできないんだよ。どうしたら、現実の宇宙の姿になると思う?
—全く想像つきません。
出口さん 揺らぎだけを入れるんだよ。揺らぎを入れたら、宇宙に似た姿になるらしい。だから理屈でビッグバンからコンピュータで計算させても、今の宇宙の姿にならないんだよ。揺らぎを入れて初めて今の宇宙の姿に近似できるんだよ。
--すごく面白いですね。
出口さん 池谷先生が脳について話されていたことも全く同じで、遺伝子が順番に脳を作っていくんだけれど揺らいで初めて現実の脳になるんだと。
--揺らぎってもう少し具体的にどういうものでしょうか?
出口さん 偶然もあるし、アトランダムもあるし、遺伝子の中にその揺らぎを起こす何かがあるとも言われているし、まだ十分に解明されてはいないのですが、宇宙の生成と人間の脳の生成プロセスが良く似ていることに僕はものすごく惹かれます。
--面白いですね。先ほどの話に戻りますが、脳の影響を考えて仕事と向き合う上で大事なことは、本当に楽しいと思うことや幸せだと感じることですよね。
出口さん だから人間はeasy goingだし、そもそも「置かれた場所で咲きなさい。」などのビジネス書が売れていること自体が理解できないんだよね(笑)。置かれた場所でもちろん咲ければいいと。せっかくご縁があったのだから置かれた場所で咲けるまで頑張ろうねと。でも2-3年頑張ってみて、これは無理やなと思ったらなんでそこでまだ頑張る必要があるのかなと。世界は広いので、咲ける場所を探したらいいじゃないかと。
--それこそ、先ほどおっしゃった人間は無知であるということですね。
出口さん そうです。人生は置かれた場所で咲くことだけじゃないし、そういった本が売れすぎているから自分を壊してしまう人もいるし。わかり易い例を挙げると、メアドを交換したガールフレンドと一緒に住んでみたと。そしたら、彼女は毎日僕を殴ってくると。要するにDVだよね。毎日、毎日殴られ続けてもそこで咲くまであなたは待てますか?一緒に住んだからには一生運命をともにしなさいなんてあり得ない。それと同じで、ブラック企業なら出て行けばいいのです。
--そうですよね。自分が嫌だったらすぐに出ていくことが大事ですよね。これができない人がいるのは脳の構造の問題なんでしょうか。
出口さん 脳の構造もあるかも知れないけれど、リテラシーの低さとかロールモデルのなさでしょうね。みんなが2〜3年で咲けないとわかったら出ていくというロールモデルがあればみんな出ていくでしょうね。口のうまい人がいて、やりたいことをやってお金をもらえるなんてありえないでしょうと。やりたくないことを我慢するからお金をもらえるんだと言えば、みんな何となく納得してしまうでしょう。でもそれはリテラシーの低さが人間を不自由にしているのです。人間は弱いので。ただ逆にみんながどんどん転職していくような社会だったら、みんな悩まなくていいんだよね。
--どうすれば、そのように自由に、それこそ出口さんの本でおっしゃられている移民の文化が根付くんでしょうか。
出口さん そもそも日本人はどんどん世界に行った歴史を持っていると。安土桃山時代には、日本人は銀を求めてペルーまで行っていると。元々人間は、グレートジャーニーで、ビフテキを求めて世界中に散って行ったので。みんな昔から日本人は移民していることを知らないだけで。
--本で書かれているステーキの話ですね。
出口さん そう。あとは、戦後の日本社会が、人口増と工場モデルで高度成長した時に作った慣習が影響していると。戦後の日本は平均7%成長したので、人材不足だった。1年経てば7%成長するということは、客も7%増えて、人も7%採用しないともたない。採用は大変で、1000人の会社だったら70人採用しなければならないと。
--すごく大変ですね。
出口さん そこで7%も新人を採用することは大変だから、企業は終身雇用を考えたわけだ。それでも70人採用しなければいけない。昔は人口が増えて高度成長する社会だったから終身雇用せざるをえなかった。当時の僕が転職するとしたら一番働きやすい環境はどこかわかる?
--どこでしょうか?
出口さん 大手生保だよね。僕は日本生命だから、競合相手だった大手生保に転職することが同じキャリアなので一番働きやすい。でも日本のルールではできなかったんだよね。お互いの紳士協定、つまり暗黙のルール。
--海外ですと当たり前ですよね。むしろ、どんどん引き抜くという。
出口さん そう。日本社会は終身雇用がルールなんで、引き抜いたらいけなかった。終身雇用になると年功序列になってしまう。どうせ一生面倒見るんだったら、人間の評価はとても難しい。そしたら、自然と年功序列になって、定年が来たらやめてもらう。高度成長しているから、定年になっても年金とか退職金とかもらえるからみんな文句言わないんだよ。それで一括採用・終身雇用・定年とかいう、世界でも例のないワンセットのガラパゴス的なルールが出来上がるんだよね。でもそれは人口増加と高度成長を前提にしないと機能しない。それだけの話なんだよ。
--ルール作りなんですが、今後どういう人が作っていくのでしょうか。
出口さん 自然に市場でできることもあれば、賢い人が作る場合もある。でも戦後日本の場合は1940年体制という野口悠起雄さんの本にかいてある通り、偶然なんだよね。戦時中は上手くいかなかったけれど、1940年体制という仕組みが戦後の復興の時にうまくワークしたのだからある意味偶然だよね。
--話が戻ってしまうんですがよろしいでしょうか。
出口さん どうぞ。
--揺らぎの話なんですが、揺らぎとは一体なんでしょうか。
出口さん 揺らぎというのは揺れること。揺れることで色んな変化に影響を与える。なんで揺らいでいるかは、誰にも分かっていないんだけれどね。ダークエネルギーとかダークマターとかを誰もわかっていないのと一緒で。今の宇宙の成分は元素は4%で、ダークマターが約25%で、宇宙を押し広げているダークエネルギーが約70数%と定義すれば綺麗に説明できるんだよ。だからまだ人間がわからない未知の物質が約25%、そしてまだ人間がわからない未知のエネルギーが約70数%。これを完璧に究明できれば宇宙を説明できるんだよ。
--この未知への探究心ってどこからきているんでしょうか。
出口さん だってわかったら面白いでしょう。僕は週刊文春に日本歴史の連載を書いているけれど、例えば藤原仲麻呂は光明子と結びつきがとてもあった。光明子は仏教をひたすら進めていたお姉さんだよね。ところが、藤原仲麻呂は恵美押勝という名前になるんだけれど、儒教をひたすら信奉して儒教政策を進めていくんだよ。でも、なんでそれをやったかがよくわからないんだよ。日本史の先生に聞いてもわからないんだよ。普通は、自分のパトロンが仏教をやっていたら、自分ももっとお寺を増やしましょうとか仏教を広めましょうとかするはずなんだけど(笑)。いくつか仮説はたつんだけどね。光明子が太っ腹で、私のボーイフレンドは儒教かぶれでも可愛いからまぁいいやと笑って見過ごしていたとか。あるいは仲麻呂が男女関係があって、光明子は自分が何をやっても大丈夫やろと思っていたとか(笑)。
—(笑)。
出口さん このように仮説は山ほど作れるんだけれど、実際はよくわからないんだよね。こうやって知らないことが分かれば本当に楽しいよね。
--なるほどですね。ご兄弟との関係性について教えて頂けますか?
出口さん 僕は弟が一人いますが、すごく仲はいいですよ。
--仲がいいんですね。
出口さん そう。弟の方が出来が良かったからじゃないんかな。愚兄賢弟と言われていたから。
--そうなんですか。僕からすれば出口さんが社会的にもすごい賢い方だなという印象を受けていますが。
出口さん 昔から弟は賢いねと周りに言われていたので。それに僕がアホなことばっかり言っているからね(笑)。
--出口さんのご両親とか親との関係ってどうだったんでしょうか。
出口さん うちの親は全くの自由放任でした。
--出口さんのやることに何も言わないんですか?
出口さん うん。
--今の話を伺って衝撃だと感じたのは、僕はユダヤの本を読んだりしていて、ユダヤの教育について書かれている自由放任主義を昔から自然とやられているんですね。
出口さん それはよくわからないんだけれど、単に面倒くさかったんじゃないかな。(笑)
--というのも孫正義さんが影響を受けたと言われる「ユダヤの商法」を読んで、ユダヤの考え方について深くのめり込むようになって、それで自由放任の教育について興味を持っていたんです。
出口さん 基本的には「何で何で何で」が重要だよね。「何で何で何で」と。答えを教えてはいけないんだよ。
--それを自然と出口さんは昔からやられているなと感じました。
出口さん 子供はほっとくのが一番いいんだよ。
--もし自分で考えていて悩んだら、その時は誰かに相談されたりしていたんでしょうか。
出口さん わからなかったらまず図書館でした。まず自分で本を読んで調べてみようと。
--出口さんにとって図書館ってどんな空間なんでしょうか。
出口さん 世界の謎がわかる場所。僕は小さい時、両親に「なんで僕を本屋に産んでくれなかったの」と文句を言ったらしい。記憶にないんだけれどね(笑)。
--(笑)。
出口さん 母親はそんなん言われてもしゃあないやんか(笑)。でも子供の頃から本を読んだらいろんなことがわかるから。その頃から本が大好きな変な子だった。
--ちなみに漫画は読まれるんでしょうか?
出口さん 漫画はも好きですよ。
--出口さんの漫画の話って、それこそ他のインタビューを拝見していても聞かれていないですよね。
出口さん 僕だって読みますよ。それは単純に誰も聞かないだけで(笑)。僕の子供の頃は、やっぱり石ノ森章太郎さんのサイボーグ009か、今だったら山崎マリさんのプリニウスとか。
--すごい。出口さんが漫画を読まれているなんて(笑)。ちなみにジャンプは読まれていますか?
出口さん 読んでいません。読む暇がないので(笑)。漫画でも本でも、いいものと悪いものがあるだけで、漫画が一番低いということは絶対ないと思います。
--確かに漫画も同じですね。今後、出口さんは国家とかコミュニティとか繋がりのあり方はどうなっていくと思いますか。
出口さん そんなもんずっと先のわからないことは考えるだけ時間の無駄やと(笑)。でもそもそもあなたの言う国家っていつ頃出来た国の話をしているの?僕が類推すると、1848年のヨーロッパ革命で完成したステートを国家と呼んでいるんだよね。そうすると150年ちょっとしか歴史がないんやで。人間の歴史って文字で書かれたものだけでも5500年も歴史があるので。
--国家じゃない方が圧倒的に歴史が長いということですね。
出口さん ずっと国家がない中で人間はグローバルで商売をやってきたので。ネイションステートが何年持つかわからないけれど、人間は交易をやってグローバルに生きていくんだと思えば、特に大問題として考えなくてもいいと思う。そんなわからないことを考えることは、生産的ではないと思ってるのでね。大事なことは、大きな流れを理解して大局をつかむように物事を考えればいい。それ以上考えてもわからんことはわからない。今日の晩御飯は何にしようかなとか考えた方がよっぽど生産的で楽しいと思う(笑)。
--今日の晩御飯ですか(笑)。僕も何か思い悩んだら、まずその日の晩御飯のことを考えてみます。
出口さん そうしてください(笑)。
--本日はお忙しいところ本当にありがとうございました。とても素晴らしい時間をありがとうございました。
出口さん 僕も楽しかったですよ。そうでなければここまで時間を取りませんから(笑)。
--ありがとうございます。また是非、よろしくお願いいたします。
出口さん はい。またお会いしましょう。

出口治明(Haruaki Deguchi)
1948年三重県美杉村生れ。ライフネット生命保険株式会社創業者。京都大学法学部を卒業後、1972年日本生命保険相互会社に入社。企画部や財務企画部にて経営企画を担当する。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て2006年に退職。同年、ネットライフ企画株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。2008年4月、生命保険業免許取得に伴い現社名に変更。2013年よりライフネット生命保険株式会社会長に就任、2017年より現職。旅と読書をこよなく愛し、訪れた世界の都市は1200以上、読んだ本は1万冊を超える。歴史への造詣が深く、京都大学の「国際人のグローバル・リテラシー」特別講義では歴史の講座を受け持った。著書に『生命保険入門 新版』『直球勝負の会社』『仕事に効く教養としての「世界史」Ⅰ,Ⅱ』『「全世界史」講義Ⅰ,Ⅱ』『座右の書「貞観政要」 中国古典に学ぶ「世界最高のリーダー論」』など多数。